AFPのCOP21関連コラムに『たとえクリスマス前にCO2を排出するすべての装置の電源を切ったとしても、さらに0.6度の上昇が確実視されている。科学者たちはこれを「既定の温暖化」と呼んでいる。』という記述があったので、この「既定の温暖化(committed warming)」について検証してみましょう。
「既定の温暖化」は、ジェームズ・ハンセン氏の研究論文が根拠になっており、すでに大気中に排出されている二酸化炭素に対する気温の変化や、熱容量の大きな海洋と熱容量の小さな陸地の気温が均衡するには時間がかかるため、実際に上がるべき温度まで気温がまだ上昇していないというものです。
AFPの記事では、0.6℃とあったこの既定の温暖化ですが、ハンセン氏の論文は2005年に発表されたため、それから10年を経過し、二酸化炭素濃度も気温も上昇しています。そこで、今の二酸化炭素濃度に対し、現在よりも何度の気温上昇がすでに保証されてしまっているのかを計算してみます。
Myhre(1998)によると、二酸化炭素の放射強制力の式は以下の通りです。
dF = 5.35 ln(C/Co)
dF: 放射強制力(W/m2)
C: 現在の二酸化炭素濃度(ppm)
Co: 産業革命前の二酸化炭素濃度(ppm)
次に、地表の気温は、1ワットあたりの放射強制力に対し気温がどれくらい上昇するかによって求められることから、気候感度(climate sensitivity)は以下の式を元に求めます。
dT = λ*dF
dT: 地表温度(℃)
λ: 気候感度(°C/[W/m2])
dF: 放射強制力(W/m2)
以上の式より、気候感度は地表の気温を次の式で求めることができます。
λ = dT/dF
ここでは、気候感度を「二酸化炭素濃度が産業革命前の2倍になった場合の放射強制力では、気温がどれくらい上昇するか」を表すものとし、dFに代入する「C/Co」を2として計算します。また、地表温度(dT)には、二酸化炭素濃度が産業革命前の2倍になったときの数値を入れるのですが、多くの研究結果が違う値を導き出しているため、ここでは今の時点で最もコンセンサスを得られているIPCC報告書の「2℃から4.5℃」を当てはめ、二酸化炭素濃度が2倍になった場合の放射強制力で何度気温が上昇するか(気候感度)を計算します。
λ = dT/dF = [2 to 4.5°C]/(5.35 * ln[2])= [2 to 4.5°C]/3.7 = 0.54 to 1.2°C/(W/m2)
次に、産業革命前と現在の二酸化炭素濃度(400ppm)から、地表の気温が(現在までではなく現在の二酸化炭素濃度に対して)何度上昇するのかを計算します。λには数値を入れず、そのまま代入します。
dT = λ*dF = λ * 5.35 * ln(400/280) = 1.91λ (℃)
となります。
ここで、この結果に先ほど計算した二酸化炭素濃度が産業革命前の2倍になったときの気候感度の下限と上限を入れて計算します。
dT (low) = 1.91λ = 1.91 * 0.54 = 1.03℃
dT (high) = 1.91λ = 1.91 * 1.2 = 2.29℃
二酸化炭素濃度が2倍になった場合の気候感度に、現在の二酸化炭素濃度の場合の放射強制力をかけると、産業革命以降で1.03℃から2.29℃気温が上昇することになります。中央値をとると1.66℃で、これが産業革命前から現在までの二酸化炭素濃度の変化によって上昇する気温です。つまり、現在の二酸化炭素濃度(400ppm)では、産業革命前からの1.66℃の気温上昇が保証されているということになります。
2015年11月の時点で、世界の平均気温は観測史上初めて産業革命前よりも1℃上昇したので、その1℃を差し引くと、今後、確実に0.66℃の気温上昇が見込まれるということです。
COP21で採択された「パリ協定」では、「2℃を大きく下回る気温上昇を目標に、1.5℃未満を目指す」となっていましたが、この「既定の温暖化」が正しいと仮定した場合、すでに1.5℃未満に抑えることは、現在我々が持つテクノロジーでは不可能ということになります。
また、この式を当てはめると、2℃未満の気温上昇に抑えるための二酸化炭素濃度の上限は430ppmで、以前に書いた記事(「気温上昇を2℃以内に抑える条件」)と同じ条件になりました。
つまり、今の時点ですでに世界平均気温は産業革命前から1.66℃上昇することが保証されており、現在までに1℃上昇していることから、あと0.66℃の「既定の温暖化」が実現すると、パリ協定の努力目標である1.5℃未満はおろか、炭素ゼロのエネルギーと大気から直接二酸化炭素を取り出してどこかに貯蔵する技術を開発しない限り、2℃未満の目標達成すら不可能というのが現状なのです。
もちろん、ここで使用したIPCC報告書に掲載されている気候感度が絶対的なものではなく、これよりも低い値や高い値を示す研究結果が多数発表される(近年は従来よりも気候感度は低いのではないかとする研究報告が多い印象を受けます)など、気候感度の複雑さを表しており、今後さらに研究が進むことが求められています。
【参照】
Quantifying the human contribution to global warming|Skeptical Science
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