米ミシガン州フリントで水道水に鉛が混入し、健康被害などが出た環境正義問題で、ミシガン州と米連邦政府が非常事態宣言を出す混乱状態に陥っています。いったいなぜこのようなことが起こってしまったのでしょうか?
ミシガン州フリントは、同州のデトロイトと同じく自動車産業で栄えましたが、その衰退と共に人口も減り、低所得者と有色人種の多い街に様変わりしてきました。2010年の国勢調査によると、フリントの人口は10万2千人と最盛期の約半分まで減り、2014年の人口はさらに減少して10万人を切っていると言われています。主な人種構成は、非ヒスパニックの白人が35.7%、アフリカ系が56.6%、ヒスパニック系が3.9%と、アフリカ系とヒスパニック系の人種が多くなっています。NAACP(全米黒人地位向上協会)によると、フリントの人口の41%以上が貧困線以下の生活を強いられています。経済が衰退したフリントの財政は、事実上ミシガン州によって管理されており、それも水道水に鉛が混入する事態になった原因のひとつと考えられます。
鉛は重金属の中でも人体に重大なダメージを与える物質として有名で、特に子どもへの影響は大きく、神経障害を引き起こす原因となります。WHO(世界保健機関)は、その影響を「不可逆性のもの」としています。調査結果によると、フリントの水道水に含まれる鉛の濃度は「有毒廃棄物レベル」で、国勢調査の結果を基準にすると、8,657人に及ぶ6歳未満の子どもがその鉛入り水道水を摂取したと言われています。
2014年4月以前のフリントは、デトロイトの上水道システムから水の供給を受けていましたが、緊縮政策の一環として、水源がフリント川に変更されました。これが一連の問題の始まりです。
この切り替えの決定は、ミシガン州政府によって行われました。先述のようにフリントは財政破綻を経て州の管理下にあり、スコット・シュナイダー州知事に任命された緊急事態管理者が、デトロイトの上水道システムからフリント川への水源の切り替えを決定しました。なぜなら、水源をフリント川にすれば費用がゼロだったからです。これにより、州は年間に約100万ドル(約1億1千6百万円)を削減できるはずでした。たった100万ドルのために、市民の健康をドブに捨てたのです。
変更前と変更後の水質を比較すると、変更前のデトロイトは米五大湖のひとつであるヒューロン湖を水源とする全米で最も大きな部類に入る上水道システムを持っており、安全性は保たれていました。ところが、変更後のフリント川は、農業用水と下水、そして何十年にも及ぶ産業廃水によって汚染されていました。
2014年4月にフリント川へ水源を変更した直後から、水質の低下が疑われました。フリントの住民は、直後から水が濁っていることや、水を飲むと具合が悪くなることを訴えていました。同年8月までには水道水から大腸菌が発見され、住民に水を沸騰させてから飲むようにという警告が何度も出されました。市は水道水の衛生処理を施していたのですが、それでは追いつかないほど汚染されており、それが水道パイプを腐食させる原因になったようです。
フリント川が鉛に汚染されていたわけではありません。鉛を含んだ古い水道管が腐食し、溶け出した鉛が水道水に混入したのです。フリントの水道水はデトロイトの12倍の鉛に汚染されていたという調査結果も出ています。
水質汚染については、住民の飲用水だけでなく、現在もフリントに拠点を持つゼネラルモーターズからも、2014年10月には苦情が寄せられていました。市の水道水が車に使用する部品を腐食させるという内容です。市民は、自動車の部品を腐食させる水を飲まされていたのです。
2015年1月にフリントの委員会のメンバーが州の緊急事態管理者にデトロイトの水道水に戻すように要求したところ、州は水質管理を行うとしたうえで、コストが高いという理由で要求を却下しました。その時、デトロイトは再接続費の400万ドル(約4億6千6百万円)を免除すると申し出ていたにもかかわらず、ミシガン州は断ったのです。
そして、2015年1月に、ミシガン大学の調査によって大学内の水道水に高いレベルの鉛が混入していることが判明し、相次ぐテストによって同年2月には初めて家庭用水道水からEPA(米環境保護局)が定める安全基準の7倍近い濃度の鉛が検出されました。水質汚染の事実を認識していたであろう州政府が、1月の時点でフリントにある州の施設にウォータークーラーを配備していたことが、州の文書から判明しています。
同年4月までには、子どもからも腐食した水道管から溶け出した鉛が発見されました。ここまでに、住民はすでに1年に渡って「有毒廃棄物レベル」の水を飲まされ、使用させられていたことになります。
連邦政府(EPA)は何もしなかったわけではありません。2015年2月に、州に対して水道管の腐食対策の実施について確認をしていますが、州政府は「実施予定」として(嘘であったことが判明)連邦の介入を拒否しています。これは、民主党出身のオバマ大統領と連邦政府によるコントロールを、共和党が強いミシガン州が嫌うという、アメリカでよく見られる確執も少なからぬ原因になっていたと思われます。また、共和党の近年の環境保護政策やマイノリティへの政策を見る限り、いかにも共和党らしい対応であったという印象は拭えません。実際に、フリントの水道水汚染問題が起こった後に、共和党は水質汚染防止法に基づく水質保護の法案に反対を表明しています。
その後、バージニア工科大学のリサーチグループがフリントの水質調査に訪れ、数百に及ぶサンプルを採取しテストしたところ、フリント全体に鉛汚染が広がっており、EPAが定める安全基準である15ppbどころか、有毒廃棄物に区分される5,000ppbをも遙かに上回る濃度の鉛混入が確認されました。最も濃度の高いサンプルは、13,200ppbという安全基準の880倍の数値を示したそうです。8月末に、同リサーチグループはフリントの水道水の深刻な鉛汚染について声明を発表しました。
2015年9月に、医師による子どもの血液検査で、血液中の鉛の濃度が2013年の9月以前の2倍になっていたという結果を受けて、州政府はようやく鉛汚染を否定する声明を出さなくなりました。
2015年10月には、シュナイダー知事がフリントの上水道を従来のデトロイトのシステムに戻し、1,200万ドル(約14億円)の予算を充てると発表しましたが、依然としてフリントの上水道の鉛汚染は安全なレベルまで戻っておらず、古い水道管をすべて取り替えない限り、安全な水が市民に供給されることはないと言われています。
現在は住民にペットボトルの水が提供されていますが、それで問題が解決することはありません。すべての住民が安心して水を飲み、入浴など日常生活に水を使用できるようになるまで、この問題が終わることはありません。
最悪なのは、終わる時期がまったく見えてこないことです。フリントには、市全体の鉛製水道管をすべて交換するだけの財力がないのです。
そしてこれは、決してフリントだけで起こっている問題ではありません。また、現在は同じ問題を抱えていない地域でも、いつ起こってもおかしくない問題なのです。
【2016年2月6日追記】
最後に、この問題のニュースなどをマイケル・ジャクソンの「They Don't Really Care About Us」をバックにまとめたマイケル・ムーア作の動画を掲載しておきます。言葉はわからなくても、水道水の色などからどんな状況なのかを感じ取ることができると思います。
この記事へのコメント