極端な自然変動によって南極半島の温暖化が停止しているという研究結果

  気候変動による気温上昇に伴って海氷とグリーンランドの氷床が減少傾向にある北極に対し、海に囲まれ、強風によって隔離されているために人間活動の影響が届きにくい南極大陸ですが、人間の生活域に最も近い南極半島は、1951年以降気温が3℃上昇する地域もあり、ラーセンAとラーセンB棚氷が崩壊、ペンギンが絶滅の危機に陥るなど、地球温暖化の象徴のように取り上げられてきました。

  南極全体に目を移すと、氷床面積が増加しているという研究結果もあれば、いや、減少しているという研究結果もあったり、いやいや、予測以上に速くとけているおかげで今世紀中に南極の氷だけで海面が1メートル以上、グリーンランドや氷河の寄与分を合わせると2メートル上昇するかもしれないという研究結果、さらにはそんなものじゃすまなくて、南極を中心とした氷の融解によって今後50年以内に数メートル海面が上昇するかもしれないという研究結果もあります。

  どの研究結果が正しいとか間違っているとかではなく、南極大陸に関しては長期にわたって行われている科学的な研究が少なく、未知の部分がとても大きいのです。

  それでも、気温上昇や棚氷の大規模な崩壊が起こっている南極半島の温暖化は、気候科学者にとって共通の認識になっています。

  ところが、南極半島の先端部分では、20世紀半ばから続いていた気温の上昇傾向が逆転し、20世紀末からは気温が低下しているという研究結果(Turner et al. 2016)が科学誌「ネイチャー」に掲載されました。

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南極大陸(a)と、研究に用いられた6つのステーション(b)の地図(Turner et al. 2016)

  研究チームは、南極大陸西北端(地図 a の四角で囲まれた「AP(Antarctic Peninsula)」の部分)にある6つの観測ステーション(地図 b の丸印)の気温データを用いて、その変化の傾向を調べました。

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各ステーションの年間平均気温の偏差(Turner et al. 2016)

  上のグラフは、6つのステーションにおける年間平均気温の偏差を表したものです。それぞれのステーションのグラフに引いてある実線は偏差の平均です。観測開始時と比較すると、すべてのステーションの平均気温は上昇傾向にあることがわかります。

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すべてのステーションにおける年間平均気温の偏差(Turner et al. 2016)

  データに欠落している部分があったため、研究チームはすべてのステーションの気温データがそろっている1970年代後半以降の気温の平均を算出したところ、上昇傾向だった平均気温が、1998年から1999年を境に10年あたり約0.5℃の顕著な低下傾向を示しています。

  しかし、筆頭執筆者のターナー氏は、20世紀末以降の気温低下は温暖化の停止を意味するわけではないと述べています。

  ターナー氏ら執筆者たちは、この気温低下の原因としてオゾンホールを挙げています。拡大傾向だったオゾンホールが20世紀末から安定したため、それまで西から東へ吹いていた南太平洋からの暖かい西風が弱まり、次第に冷たい東風へと変わった影響で海氷面積が拡大したことが気温低下に繋がっていると指摘しています。

  この研究結果に対し、ほぼ時を同じくして科学誌「ネイチャー・ジオサイエンス」に掲載された、2000年から2014年にかけての南極における海氷面積の拡大に関する研究(Meehl et al. 2016)の筆頭執筆者のミール氏は、自然変動である太平洋数十年規模振動(IPO: Interdecadal Pacific Oscillation。北半球で起こる太平洋十年規模振動の南半球バージョンのようなもの)が20世紀末から負位相に変わったことがきっかけで南太平洋の海水温が低下し、その影響が南極の低気圧に影響を及ぼし、南極大陸から海へ向かって吹く風が強くなったために陸地近くの海氷が遠洋へと流され、そこに新たな海氷が形成されて面積が拡大したと結論づけています。

  ミール氏は、ターナー氏の研究で南極半島先端の気温が下がり始めた時期と、IPOが負位相に転じて海氷面積が増加し始めた時期がほぼ同じであるため、そのIPOの影響による低気圧と海氷面積の拡大が、南極半島先端部分の気温低下に繋がったのではないかと述べていますが、ターナー氏は単なる偶然に過ぎないとそれを否定しています。

  また、ターナー氏は、IPOはすでに負位相から正位相に転じているため、数年以内に南極半島付近の気温は上昇し始めるだろうと述べています。

  今回のターナー氏らによる研究結果で大切な点は、上で2番目に取り上げたグラフでわかるように、6つの観測ステーションすべてのデータにおいて観測開始時よりも気温が上昇していること、気温が低下傾向にあるのは20年に満たない「短期間」であるということ、そしてその短期間気温が低下した地域は、南極の約1%に過ぎない極めて小さなスケールだということです。

  「気候」と呼ぶには、20年未満では短いのです。長期的な傾向と言うためには、30年の連続したデータが必要です。世界平均気温の偏差の基準年が30年なのは、気候変動の傾向を判断するには、最低でもそれだけの期間にわたって蓄積されたデータが必要だからです。そういう意味では、今回の研究で「長期的傾向」を見ると、6つのステーションの平均気温は上昇していると結論づけることができます。

  でも、だからといってこの研究を無視していいわけではありません。もしも気温の低下傾向があと10年以上続くようであれば、それはもう長期的な傾向なので、今後も注意深く観測を続ける必要があります。6つだけではなく、データを集める観測ステーションを増やす必要があるでしょう。

  冒頭で述べたように、南極の気候に関する研究が積み重ねられ、少しずつ気候のメカニズムが解明されていくのはいいことです。南極の気候変動は、私たち人類に最も大きな影響を与えます。気候変動が進み、南極の氷がすべてとけると海面は60メートル以上上昇し、西南極の氷がとけるだけでも3メートルの海面上昇に繋がります。氷の融解と海面上昇は数千年単位で起こるため、先進国で生活する私たちの世代が大きな影響を受けることはないでしょう。でも、世界にはわずか数十センチの海面上昇でも住む場所を失う人たちがたくさんいます。

  南極の気候に関する研究が解き明かすどんな小さな事実も、人類にとってはとても大きな意味を持つのです。

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【参照文献】
Turner, J., Lu, H., White, I., King, J., Phillips, T., Hosking, J., Bracegirdle, T., Marshall, G., Mulvaney, R. & Deb, P. Absence of 21st century warming on Antarctic Peninsula consistent with natural variability. Nature 535, 411–415 (2016).
Meehl, G., Arblaster, J., Bitz, C., Chung, C. & Teng, H. Antarctic sea-ice expansion between 2000 and 2014 driven by tropical Pacific decadal climate variability. Nat Geosci (2016). doi:10.1038/ngeo2751

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