「地球温暖化」と聞くと、地球の平均気温の上昇を思い浮かべる人がほとんどだと思いますが、二酸化炭素などの温室効果ガスによって宇宙へ放射されずに地球にとどまった余剰熱の90%以上は海洋が取り込んでいます。そして海洋の温度が上昇すると熱膨張を起こすため、海面が上昇します。グリーンランドや南極の氷床、山岳の氷河の融解によって海に流れ込む水と海洋の熱膨張が原因で、海面上昇は過去2,800年で最速になっているという研究結果や、2100年までに海面上昇と人口増加によって世界中の沿岸都市に暮らす多くの人が深刻な影響を受けることになるという研究結果もあります。
海洋温暖化が引き起こすのは海面上昇だけではありません。今回、北大西洋沿岸において、海洋の温度上昇が原因による海中のビブリオ属バクテリアの増加に伴って人間への感染例も増加し、健康被害に繋がっている(Vezzulli et al. 2016)という研究結果を、伊ジェノヴァ大学や米メリーランド大学を中心とする研究チームが科学誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に発表しました。
1958年以降の海水サンプルが採取された北大西洋地域
Credit: Vezzulli et al. (2016)
研究チームは、1958年以降に北大西洋の9箇所(地図の赤い菱形)で採取された海水サンプルから動物性プランクトンのDNAを分析し、ビブリオ属のバクテリアの増減を調べたところ、9箇所のうち8箇所で海洋温度の上昇に伴って同バクテリアの顕著な増加が見られました。唯一著しい増加が見られなかったニューファンドランドは、海洋の温度は上昇しているものの、ビブリオ属のバクテリアが繁殖する温度に達していないことが原因ではないかと研究チームは指摘しています。
また、同属のバクテリアの増加に伴い、米大西洋沿岸都市と北欧における大西洋沿岸地域で、人間への感染例が増加していることを研究チームは突き止めました。
研究の共同執筆者のひとりであるメリーランド大学の微生物学者であるリタ・コーウェル氏はワシントンポスト紙の取材に対し、研究について「気温上昇が約2倍から3倍のビブリオ菌の増加と関連性があること、そしてそれが人間への感染と関連性があることを医療記録によって示すことができました。」と述べています。
ビブリオ属のバクテリアは海水から人間の体内に直接取り込まれるだけでなく、魚などの海洋生物を食べることでも体内に取り込まれ、感染すると下痢などの症状を引き起こし、死に至る場合もあります。同属にはコレラの原因になるバクテリアもあり、決して軽く見ることはできません。
日本のニュースを見ると、今年の夏だけでもタイ産のゆでガニから腸炎ビブリオが発見されたり、所沢や川口で腸炎ビブリオによる食中毒が発生するなどの例が見られます。
これまでにもチリやペルー、イスラエルやバルト海沿岸でも気温上昇と共にビブリオ属のバクテリアによる人間への感染例が増加していることを指摘する研究結果が発表されており、今回の研究もその傾向が強いことを示しています。
気温が上昇すると夏が長くなり、その分人々が海に接する機会も増加するため、ビブリオ属のバクテリアに感染する可能性も高くなります。
そして、最も懸念されるのは、今後気温と海水温は上昇する一方だということです。
【参照文献】
Vezzulli L et al. (2016) Climate influence on Vibrio and associated human diseases during the past half-century in the coastal North Atlantic. Proc Natl Acad Sci:201609157.
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