『人為的温暖化はこれまで考えられていたよりも早く始まっていたという研究結果』で触れた、2100年までの気温上昇の目標である「産業革命前と比較して2℃未満、1.5℃未満」という表現の中の「産業革命前」は、基本的に1880年以降に温度計による観測が始まる以前の時代を指します。上でリンクした研究結果では、産業革命が始まった18世紀半ばから19世紀半ばまでの間に、温室効果ガスによって気温の上昇も始まっていたと結論づけています。
ここでは一旦その「本当の産業革命前」のことは忘れて、1880年に米航空宇宙局(NASA)と米海洋大気局(NOAA)が観測を開始してから、2016年7月までに気温が何度上昇したのかを検証してみようと思います。
やれ1.5℃未満だ2℃未満だと言っても、「で、残された猶予はあと何度なの?」というところがわかればうっすらとでもあとどれくらいで1.5℃の努力目標がアウトになるのかイメージできますよね。アウト前提なのは、「今の」科学技術では100%アウトだから。現時点で私たちの社会が持っている科学技術では、1.5℃どころか2℃もアウトです。
さて、アイディアとしては、気候変動関連ニュースや独自の研究レポートなどを発表しているアメリカのクライメート・セントラルが試みていた、NASAとNOAAのデータを統合して現在までの気温上昇を算出する方式を、日本の気象庁まで拡張して(ほぼ毎月この三機関の気温データを記事にしているので気象庁を外すのがかわいそうというか平均値を出すためのデータは多い方がいいので)「産業革命後」の気温上昇を算出します(今後気が向いたらイギリスの気象庁のHadCRUTのデータも加えるかもしれません)。
まず、NASAとNOAAは1880年以降の気温データが入手可能ですが、気象庁は1891年以降に気温の観測を開始しているので、平均気温の偏差の基準年は1891年から1920年の30年間とします。それぞれの気温データの基準年はNASAが1951年から1980年、NOAAが20世紀、気象庁が1981年から2010年になっているので、それを1891年から1920年の30年間に変更して偏差を算出しました。
その結果がこれ。
比較しやすいように2014年と2015年も加えて、今年の世界平均気温がCOP21で後発開発途上国の意向に沿う形で限りなく近づけるという努力目標として明記した「1.5℃未満」にどこまで迫っているのかがわかるようにしてあります。
ついでに各気象機関における各月の平均と累計の平均を表にしたものを見てみましょう。単位が抜けていますが、「℃」です。
7月現在で19世紀末からの気温上昇は1.28℃と、1.5℃まであと0.22℃まで迫っています。月毎で最大の偏差を記録した今年の2月と3月を見ると、3月に累計で1.44℃を記録しており、1.5℃未満のライン超えまであとわずかでした。
統合データの各月の平均だけに注目すると、3月には1.5℃のラインをすでに超えています。それぞれの気象機関のデータでは、NASAが累計でも2月から3ヶ月連続で1.5℃のラインを上回り、NOAAは月平均で3月に一度だけ1.5℃を超えました。
今後は秋から冬にかけて50%~60%くらいの確率で始まるはずのラニーニャの影響で気温が下がるはずなので(2010年はラニーニャが発生したのに当時の過去最高を上回って観測史上最も暑い年になりましたが)、すぐに1.5℃の壁を超えて二度とそのラインを下回らなくなることはありません。
さらにNOAAのデータによると、1986年から2015年までの30年間で世界平均気温は10年あたり0.16℃上昇しています。今後平均気温が下がって、仮に今年末の時点で産業革命前からの気温上昇が1.2℃を少し下回ったとしても、過去30年と同じペースで気温が上昇すれば、20年以内(2035年前後)には1.5℃のラインを超えることになるため、「じゃあ目標は2℃未満で」と切り替えなければならなくなると思われます。
さて、ここで最初に触れた「本当の産業革命前」以降に上昇した気温を確認してみましょう。上でリンクした記事内の研究結果では、1870年までに約0.2℃、1900年までに約0.3℃上昇しています。今回偏差を算出するために基準にしたのは1891年からの30年間なので、前者の約0.2℃を先ほどの表の数値に加えると、統合データの7月までの累計は1.48℃です。
つまり、世界平均気温が今後数年にわたって今年を下回ったとしても、「本当の産業革命前の気温」と比較した場合、「1.5℃未満」のラインはすぐ目の前に迫っているのです。
それなのに、まだ世界には石炭や原油をザクザク掘って、火力発電所を増設しようとしている国があります。G20諸国は税控除や公共投融資などで化石燃料産業に対して2013年と2014年だけで年平均4500億ドル(約45兆円)の優遇措置を与えているという調査結果や、1兆ドル(100兆円)を無駄にしてしまうかもしれないほどの石炭火力発電所の新規建設計画があるという調査結果もあります。
日本は、国内で48基の新規石炭火力発電所建設計画があるうえに、インドネシアやバングラデシュなど開発途上国の石炭火力発電所建設に対し積極的に融資を行い、批判の対象になっています。
本来ならば後発開発途上国が気候変動の深刻な影響によって受ける被害の補償などに充てられるべき「緑の気候基金」を、日本が開発途上国の石炭火力建設に利用する可能性があるなど、温室効果ガスの大量排出国としての責任と自覚に欠け、流れに逆行していると言わざるを得ません。
イギリスはEU離脱前の段階で2025年までに石炭火力発電所を全廃するという計画を発表しましたが、イギリスだけが石炭火力発電所を全廃しても1.5℃未満に抑えることは不可能です。
2025年までにすべての国が石炭火力発電所を全廃しても、ネガティブエミッション(二酸化炭素を大気などから取りだして貯蔵する技術。これから開発しなければならない現在はまだ欠片もない技術)が実現しない限り1.5℃未満に抑えるのは難しいと考えられている中で、主要先進国のエネルギー政策(化石燃料企業優遇策)から危機感はまったく感じられず、現段階では「1.5℃未満」は風前の灯火と言っていいでしょう。
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