米ノースダコタ州とイリノイ州を結ぶ約1,800kmの「ダコタ・アクセス・パイプライン」の建設を巡り、建設ルート近くに居留区がある地元先住民「スタンディングロック・スー族」が、数週間にわたりキャンプを張って抗議の座り込みを行っています。また、全米から他の先住民も現地に応援に駆けつけ、ワシントンD.C.でも抗議活動が行われるなど、先住民に対する環境正義問題に発展しています。
建設予定のパイプラインは、ノースダコタ州のバッケン油田からサウスダコタ州、アイオワ州を通過してイリノイ州まで、バッケン地域に眠る74億バレルあるともいわれている未採掘の原油を1日あたり47万バレル輸送する予定で、事業主の「エナジー・トランスファー社」によると、総額38億ドル(約3900億円)のパイプライン建設プロジェクトは、地域に1億5千6百万ドル(約160億円)の売上税と所得税による収入をもたらし、8千人から1万2千人の雇用につながるとその経済効果をアピールしています。
当然ですが、建設が完了すればその経済効果は消えてなくなります。
ダコタ・アクセス・パイプラインの建設予定ルート。Credit: Inside Climate News
上の地図は、パイプラインの通過ルートを表しています。右下の緑色のエリアが抗議活動を行っているスタンディングロック・スー族の居留区です。パイプラインは居留区を通るわけではありませんが、約1km上流でミズーリ川を横切る予定です。
地図の薄い赤の線(「DAKOTA ACCESS PIPELINE rejected alternative」)は当初の予定ルートで、スタンディングロック・スー族の居留区からは40km以上離れた上流で川を横切るはずでした。しかし、エナジー・トランスファー社は、通過しなければならない道路や湿地帯が多いことやパイプラインの建設距離が伸びること、コストが高くなること、そしてノースダコタの州都であるビスマークの上水道システムの近くを通過することなどを理由に、スタンディングロック居留区付近を通過するルートに変更しました。このルートは、居留区から1kmも離れていない上流でミズーリ川を横切ることになります。
先住民にとって、川は「命の水」を与えてくれる聖なる場所です。抗議活動参加者は「Water is life(水は命そのもの)」と声をあげています。もしもパイプラインが建設されると、先祖が守ってきた水を子どもたちやその子どもたちに残せなくなるため、彼らは未来の世代、そして命の水を与えてくれる地球を守るために抗議を行っていると話しています。
このルート変更にあたって、米環境保護庁などの連邦機関はスタンディングロック居留区の飲料水の安全性や非常時への準備不足、居留区の環境への影響、そして環境正義に関する分析が不十分であるとし、詳細な調査の後に環境アセスメントを見直すよう、認可権限を持つ米国陸軍工兵隊(U.S. Army Corps of Engineers)に要請したのですが、米国陸軍工兵隊はそれを却下し、「パイプラインは居留区を通過しないため影響を与えない。水質汚染の心配もない。」としてパイプラインの建設を認可しました。
ノースダコタ州とサウスダコタ州にまたがる約3,600平方キロメートルの居留区に暮らす8,217人のスタンディングロック・スー族は貧困率が全米平均の3倍以上の41%とかなり高く、もしも事故などで原油が漏出して水質汚染が起きた場合、ミズーリ川を飲料水や農業用水、魚の供給源として利用しているスタンディングロック・スー族の生活レベルのさらなる悪化が懸念されます。
石油・ガスの掘削やパイプラインでどれくらい事故が起こるかというと、小さな漏出事故レベルであれば日常茶飯事です。米運輸省パイプライン ・有害物質安全庁の統計によると、2006年から2015年までの10年間に石油・ガスの集積・運搬過程で起こった事故は、大小あわせて166,965件にのぼります。単純計算で1日あたり約45件の事故が起こっていることになります。
米国陸軍工兵隊の判断を受け、既にパイプラインの建設は開始されていますが、スタンディングロック・スー族はこれを不服とし、裁判所に訴えを起こしています。認可に至るまでの一連の流れに対し、国連も先住民に対するこれ以上の人権侵害を避けるべきと懸念を表明しています。
ノースダコタ州キャノンボールで行われているこの抗議活動には、スタンディングロック・スー族だけでなく、ナバホ族、チェロキー族、ホピ族などをはじめ、アメリカとカナダの100を超えるグループから千人以上の先住民が集まり、キャンプを張って抗議活動を続けています。
“We’re not leaving.”
— AJ+ (@ajplus) September 2, 2016
Native American protesters prepare for a long battle to stop a pipeline. #NoDAPL pic.twitter.com/to0sjbfS8n
また、現地だけでなく、ワシントンD.C.やアイオワ州、カンザス州などでも同パイプライン建設に反対する抗議デモが行われています。彼らへのサポートも広がりを見せ、米民主党の大統領候補だったバーニー・サンダースや、俳優であり活動家として知られるスーザン・サランドン、そしてもちろんあのレオナルド・ディカプリオも先住民へのサポートを表明しています。
先祖の埋葬地や祈りをささげる聖地などが建設作業員らによって破壊されていると主張しているスタンディングロック・スー族ら抗議活動参加者は、それでも平和的な抗議を続けていましたが、パイプラインの建設が進まない建設業者側は番犬と催涙スプレーで抗議活動を阻止しようとしました。
MORE PHOTOS: Oil companies hired strike dogs to attack Native Americans protesting pipeline #NoDAPL #StandingRock pic.twitter.com/l9e0R0BPSg
— Eduardo Samaniego (@EduSamani) September 4, 2016
デモクラシー・ナウがその様子を動画におさめています。
命をつなぐ水のため、未来を生きる子どもやその子どもたちに先祖代々受け継いできたきれいな水と空気を残すために抗議を続ける彼らの声が、「今の利益」を追い求める企業とそれをサポートする行政、このような暴力と環境差別を報道しようとしない大手メディアに届くのでしょうか。
彼らの聖なる大地を侵略・強奪してから500年以上経った今こそ、彼らの声に耳を傾けるべきときだと思います。闘っているものの大きさが違いすぎるため、先住民らが引き下がるとは思えません。
スタンディングロック・スー族の訴えに対する連邦判事の判決は、2016年9月9日までに下される予定です。
※ この記事には続編があります
◆ 【アップデート】ダコタ・アクセス・パイプラインに一時的な建設中止命令
◆ 米連邦3省庁がダコタ・アクセス・パイプライン建設の一時中止を発表
◆ ダコタ・アクセス・パイプライン建設に出資している銀行 ~ 環境差別に手を貸す金融機関
◆ 先住民によるダコタ・アクセス・パイプラインの建設中止を求める訴えが棄却 一部で建設再開へ
◆ ダコタ・アクセス・パイプラインの現行ルートをオバマ政権が却下 ルート変更へ
◆ ダコタ・アクセス・パイプラインのルート変更決定は来年2月まで持ち越しへ
◆ トランプ政権がオバマ政権の判断を覆し、当初のルートでダコタ・アクセス・パイプラインの建設を認可へ 先住民側は法廷で争う意向
◆ 【ダコタ・アクセス・パイプライン】トランプ政権による建設認可に対する先住民側の建設一時停止請求を連邦地裁が却下 さらなる法廷闘争へ
◆ 【ダコタ・アクセス・パイプライン】 先住民側がパイプライン建設停止を求め、国家環境政策法などに基づいて再提訴
◆ 【ダコタ・アクセス・パイプライン】 米連邦地裁がトランプ政権の建設認可を違法と判断
◆ 【ダコタ・アクセス・パイプライン】 公聴会を経て秋以降に最終判断へ パイプラインの運転は続行
◆ 【ダコタ・アクセス・パイプライン】 トランプ政権が環境評価見直し期間延長を申し立て
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【参照記事】
Dakota Pipeline Was Approved by Army Corps Over Objections of Three Federal Agencies|Inside Climate News
UN body says Sioux must have say in pipeline project|Associated Press
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