これまでに発表された研究結果で、世界平均気温の連続した再構築期間が最も長いのは22,000年でした。それを超える長期間の気温変化を表すグラフは、いくつもの研究結果をつなぎ合わせて作られています。
現在は米環境保護庁(EPA)に勤めるキャロリン・スナイダー氏が米スタンフォード大学博士課程在籍時に執筆し、科学誌「ネイチャー」に掲載された研究 (Snyder 2016) では、海洋の堆積物に含まれる物質から過去200万年分の世界平均気温の再構築したところ、現在の気温は過去約12万年で最も暖かいことがわかりました。
また、同研究において算出された、二酸化炭素の排出量が産業革命前の2倍になった場合の気温上昇の推定値を基準にすると、今すぐに二酸化炭素の排出を止めても、地球の平均気温は今後5℃(3℃~7℃)上昇すると結論づけています。この研究結果に対し、著名な気候科学者たちからは称賛と批判の両方の声があがっています。
海洋堆積物を収集した場所。Source: Snyder 2016
スナイダー氏は世界の59ヶ所で収集された海洋堆積物に含まれる物質を分析し、世界の過去200万年分の連続した平均気温を算出しました。これは過去の研究で最も長かった22,000年を大きく上回る期間です。
a. 海洋堆積物の分析により再構築された世界平均気温。b. 氷床コアの分析により再構築された南極の平均気温。c.世界平均二酸化炭素濃度。d. 海底の酸素同位体。Source: Snyder 2016
5千年の移動平均で算出されている研究によると、過去約120万年で地球の平均気温は緩やかに低下していますが、現在の平均気温は過去12万年で最も暖かく、気温低下が始まる直前の12万年前と200万年前の間氷期(現在のような氷期と氷期の間の温暖な時期)に次ぐ暖かさになっています。
上のグラフで世界平均気温を過去80万年の南極の平均気温と比較すると、関連していることがわかります。南極の方が気温の上下する度合いが大きいのは、現在北極の気温上昇が他の地域よりも2倍の速さで進んでいるのと同様の、極地域における温暖化増幅によるものと考えられます。
ここまでの研究結果については、著名な気候科学者たちに称賛されています。5千年移動平均という大まかさであっても、連続したデータは古気候を把握するうえで貴重であり、今後の研究や気候モデルの進化に役立つと思います。
200万年の長期にわたる連続した気温データを再構築した初めての研究であることと、現在(直近5千年)の気温が過去12万年の歴史の中で最も暖かいというのが、この研究結果で最も重要なポイントです。
そして、ここまでの結果を高く評価している人も含め、著名な気候科学者に批判されているのが、ここから先の部分です。
スナイダー氏は、「地球システム感度」と呼ばれる、二酸化炭素が産業革命の2倍になった場合(産業革命前は280ppm)に気温がどれくらい上昇するかの推定値を、氷期と間氷期の繰り返しすべての期間を通じて算出した結果、二酸化炭素濃度が560ppmになると、地球の平均温度は9℃(7℃~13℃)上昇すると指摘しています。これはIPCC報告書に記載されている「2℃から4.5℃」の最大値の2倍にあたります。これを現在の二酸化炭素濃度(超えていますがわかりやすく400ppmとしましょう)に当てはめると、私たちが今すぐに二酸化炭素の排出をゼロにしたとしても(まあ不可能です。というか、国際社会はあと何十年間か排出を続ける気満々です)、今後5℃(3℃~7℃)は確実に気温が上昇することになります。
この「今すぐ二酸化炭素排出量をゼロにしても最悪の場合7℃気温は上昇する」という結果が、著名な気候科学者たちによる激しい批判にさらされています。
なにが批判の対象になっているのかを短く説明すると、「気候感度」は「二酸化炭素濃度の変化によってどれくらい気温が変化するか」を求めるため、気温に影響を与えるその他の要素を限りなく小さくして算出することが要求されます。スナイダー氏の研究は、氷期が終わる際の気温が上昇してから二酸化炭素濃度が上昇する、「気温が変化したことによって起こる二酸化炭素濃度の変化」もごちゃまぜにしてしまったため(その他にも要素はありますがこれが最も大きい)に、気候感度が高い値になっています。
この結果に対し、米ペンシルベニア州立大学の気候科学者、マイケル・マン氏は一定の評価をしながらも、「科学コミュニティによって十分に精査され、その他の研究結果によって認められるまでは懐疑的に見なければならない。」という見解を示し、米航空宇宙局(NASA)ゴッダード宇宙研究所のギャビン・シュミット氏にいたっては「方法がどうのこうのではなく、根本的に間違っている。」と、議論の余地なく完全に否定し、その理由を自身のブログで公開しています。
シュミット氏の批判は研究結果だけに留まらず、研究を掲載したネイチャー誌や、同研究をセンセーショナルなタイトルや内容で伝える主要メディアの科学ジャーナリストにまで及び、一部のジャーナリストとはソーシャルメディア上で激しい議論を行い、記事のタイトルが変更されるなどの事態に発展しました。
でも、これは科学界にとって健康的なことで、こういうことから学べることはいくつもあります。
まず、研究結果を一般の人向けに発信する側(わたしも含まれます)は、リンクをクリックさせることを目的に、読者の誤解を招くようなタイトルや内容の記事を書いてはいけません。なぜなら、すべての人が記事に書かれている内容を隅々まで把握し、それが正しいかどうかを自身で確認するわけではありませんし、それができるバックグラウンドを持っているわけではないからです。有名な科学誌に掲載された研究結果を、主要メディアや有名なウェブサイトの科学ジャーナリストが誤解を招くような伝え方をすると、読者がその表面だけをなぞって事実として認識するのは当たり前だということを、有識者は常に意識して発信する必要があるのです。
そして、わたしたち情報を受け取る側は、「有名な科学誌に掲載されたから研究結果は正確に違いない」という思い込みを捨て、ネイチャーやサイエンスに掲載されていても、大きな間違いを含む研究があるということを意識しておかなければいけません(今回のこの研究はたった1か所ミスがあっただけで、むしろ称賛に値する素晴らしい研究結果だと思います)。
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【参考記事】
【参照文献】
Snyder, C. W. (2016). Evolution of global temperature over the past two million years. Nature, 18, 1–17. http://doi.org/10.1038/nature19798
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