2015年12月に約200か国が合意に達し、2016年11月に発効した気候変動対策の国際的枠組みである「パリ協定」を実施するためのルール作りについて協議する作業部会が、2017年5月8日からドイツのボンで始まりました。トランプ政権移行後に気候変動対策関連省庁の予算を大幅に削減する案を作成し、オバマ政権時代の気候変動対策を白紙に戻す大統領令に署名するなど、気候変動対策が停滞しているアメリカに対し、多くの国からパリ協定にとどまることを求める声が相次いでいます。
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トランプ大統領は、予備選の時から一貫して「大統領に就任すればパリ協定から脱退する」と公言してきましたが、トランプ政権内では意見が分かれており、離脱の是非を話し合うために予定されていたミーティングがこれまでに何度もキャンセルされています(直近では5月9日(火)に予定されていたミーティングが前日になってキャンセル)。
ボンで開催中の作業部会に加え、5月末にイタリアで開催されるG7タオルミーナ・サミットで気候変動対策やパリ協定に対する立場を表明する必要があるため、9日のミーティングの結果を受けてトランプ大統領が意思表明を行うとみられていましたが、そのミーティングがキャンセル(参加予定者のスケジュールが合わなかったためとホワイトハウスは主張)され、次回のミーティングの日時も決まっていないことから、不透明な状況はまだしばらく続きそうです。
トランプ大統領は選挙戦中よりパリ協定からの離脱を表明していたものの、温室効果ガス排出量の削減目標を下げてパリ協定にとどまることも否定しておらず、曖昧な態度で一貫しています。政権内でパリ協定からの脱退を主張しているのは、スティーブ・バノン首席戦略官兼上級顧問と、スコット・プルイット米環境保護庁(EPA)長官の2名で、前エクソンモービル社CEOのレックス・ティラーソン国務長官、ゲイリー・コーン経済顧問、前テキサス州知事で人為的気候変動否定派のリック・ペリーエネルギー省長官、トランプ大統領の娘婿のジャレッド・クシュナー上級顧問、そしてイヴァンカ・トランプ大統領補佐官らが、大統領に対しパリ協定にとどまるように説得を続けています。
バノン氏とプルイット氏のうち、バノン氏がパリ協定からの離脱を激しく主張(彼の目的は「行政国家の破壊」なのでその立場は納得できる)しており、協議が難航しミーティングの予定がたたない原因になっているようです。イヴァンカ・トランプ氏は、予定されていた政権幹部によるミーティングがキャンセルされた9日に、プルイット氏を翻意させるべく個別にミーティングを行うと言われています。
さて、このようにトランプ政権内では見解が分かれていますが、パリ協定から脱退する場合に必要な手続きとしては、「パリ協定からの正式脱退」と「国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)からの脱退」というふたつの選択肢があります。前者を選択した場合、パリ協定発効から3年を経過した2019年11月4日以降に脱退を通告できるようになりますが、通告後1年を経過しなければ正式に脱退できないため、アメリカは最短でも2020年11月3日までパリ協定にとどまることになります。UNFCCCからの脱退を選択すれば、今後すべての気候変動に関する国際的な取り組みに参加する必要はなくなりますが、どちらを選択しても、国際社会の反発によって気候変動対策だけでなく、国際社会のリーダーとしての立場や企業による経済活動にまで悪影響が及ぶことが予想されます。
世界最大の企業であるエクソンモービル社で長年CEOを務めたティラーソン国務長官がパリ協定からの脱退に反対しているのは、海外でビジネス活動を行っている米企業に悪影響が及ぶからであり、石油企業やIT産業、石炭大手企業、投資家グループなどがトランプ大統領に対しパリ協定にとどまるよう要請しています。米企業が海外でのビジネスチャンスを失うことは、アメリカにとってもトランプ政権にとっても大きな痛手でしかありません。
では、アメリカがパリ協定にとどまった場合、トランプ政権にはどのような選択肢があるのでしょうか?
アメリカは「Nationally Determined Contributions (NDCs)/自主的に決定する約束草案」と呼ばれる気候変動対策の目標を「温室効果ガスの排出量を2025年までに2005年比で26%から28%削減」と定めています。また、排出量が多い先進国として、後発開発途上国が気候変動に適応するための「緑の気候基金」に30億ドルを2020年までに拠出することになっています(オバマ政権時に10億ドル拠出済み)。
トランプ政権の大統領令がすべて実施されれば、2025年までに目標の約半分である14%しか温室効果ガスを削減できないという試算もありますが、もしもアメリカがパリ協定にとどまって、なおかつ目標を達成できない、意識的に目標を達成しない、パリ協定にとどまりながらパリ協定を無視するという選択をした場合、アメリカは国際的な合意に反したという理由でペナルティを科されるのでしょうか?
答えは「ノー」です。パリ協定はあくまでも各国による「自主的な」努力が前提であり、そこに法的拘束力は一切ありません。パリ協定の内容を協議している段階で、後発開発途上国から目標設定を後退させた場合にペナルティを科すようにという要請はありましたが、それでは合意達成が不可能になるため、明文化されませんでした。今後は、5年に一度各国が気候変動対策の進捗状況の報告と目標の見直しを行います。各国には他の国からの質問に答える義務はありますが、目標未達成でも、目標を下方修正してもペナルティは一切ありません。
ところがつい最近、政権内部から「パリ協定の目標を下方修正するのは国際法に反する」という見解が出てきたため、目標を下方修正してパリ協定にとどまると思われていた政権が、脱退に大きく傾いたという報道がありました。これは、協定の中にある「参加国はより野心的なものにする場合において、いつでもNDCsを変更できる」という文言を、パリ協定から脱退したい勢力が意識的に過大解釈したものと思われますが、先述したようにそもそもパリ協定には法的拘束力が存在しない(もしもパリ協定に法的拘束力があれば、アメリカは上院の承認が必要になるため、合意するのは不可能だった)ため、どこからか湧いてきたこの見解そのものがナンセンスです。
パリ協定はその性質上、目標を達成しなくても目標を下方修正しても、だれからもペナルティを科されることはありませんし、目標を達成しないまたは目標を下方修正した参加国に対してだれもペナルティを科す権限を持っていません。国際社会からの厳しい批判は避けられませんが、アメリカは目標の下方修正をいつでも合法的に行うことができます(違法ではないので)。
つまり、トランプ大統領が人為的気候変動を信じようと信じなかろうと、パリ協定をどんなに嫌っていようと、アメリカがパリ協定から脱退する理由はまったく見当たらないのです。脱退すれば、即座に国際社会が反発し、アメリカは国際社会におけるリーダーとしての信用を失い、政治から貿易、企業活動に至るまで悪影響が及ぶ可能性が高くなります。逆にパリ協定にとどまれば、それだけで国際社会は歓迎してくれるのです。
また、エール大学が行った世論調査の結果によると、アメリカのすべての州で、過半数の人が「アメリカはパリ協定にとどまるべき」と答えています。パリ協定からの脱退は、大統領選でトランプ氏に投票した共和党支持者を含めたアメリカ国民の民意に反する行動といえます。
石炭産業と石油産業、グーグルやマイクロソフトなどをはじめとするアメリカの多国籍企業、莫大な資産を有する投資家、そして過半数の国民が望んでいるパリ協定にとどまるべき理由はあっても、パリ協定を脱退してアメリカとトランプ政権のプラスになることはなにひとつないのです。
近日中に下されるはずのトランプ大統領の決断に注目が集まります。
【6月2日訂正】
パリ協定からの離脱手続きに関する記述が間違っていたので訂正しました。
【5月9日追記】
米ホワイトハウスのスパイサー報道官が9日、パリ協定から脱退するか否かの判断はG7サミット後に下すことになると発表しました。
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