トランプ大統領は米東部時間6月2日午後3時過ぎ、2015年に開催された「国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)」で196か国が合意に達し、昨年11月に発効した「パリ協定」からの離脱を発表しました。
G7(先進国首脳会議)の開催前から先延ばしにされてきたパリ協定に残留するかどうかの決断について、トランプ大統領が離脱を決断したと米メディアが報じ、今日の発表に注目が集まっていましたが、大統領選での公約通り、協定からの離脱を決めました。
以前にも記事で解説しましたが、政権内でも最後まで残留と離脱で意見が分かれていたため、発表前日まで離脱を主張するスティーブ・バノン首席戦略官兼上級顧問と、残留を主張する前エクソンモービル社CEOのレックス・ティラーソン国務長官と個別にミーティングを行うなど、最後まで残留か離脱かを巡って政権首脳による綱引きが繰り広げられたようです。
パリ協定を無力化したいトランプ大統領の選択肢は、「パリ協定からの離脱」「国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)からの脱退」「パリ協定にとどまったうえでオバマ政権時に定めた『自主的に決定する約束草案』を無視、または変更(下方修正)する」の3つでした。
トランプ大統領はパリ協定離脱の正式手続きを行うようなので(新しい枠組み作りや再交渉についても言及していますが、仏独伊の3か国は再交渉を否定しています)、そうなるとパリ協定が発効した2016年11月4日から3年を経過した2019年11月4日に離脱の通告が可能になり、それから1年を経過した2020年11月3日に正式に脱退することができるようになります。
その2020年11月3日は、奇しくも次回の米大統領選挙の投票日と重なります。有権者の約7割が「アメリカはパリ協定にとどまるべき」と考えているのに反して離脱を決めたトランプ大統領は、次回の大統領選でその是非を巡る批判と向き合うことになります。もしも気候変動問題がだれに投票するかを決める大きな要素になっていれば、という条件付きではありますが(前回の大統領選では重要な要素ではありませんでした)。
では、今回のパリ協定離脱によってどのような影響があるのかというと、トランプ政権はすでに気候変動政策を大きく後退させているため、象徴的な意味合いしかありません。といっても、パリ協定採択から批准、発効と、これまで高まってきた国際的な機運がアメリカの離脱によってしぼんでしまう恐れはあります。しかし、EUと中国はトランプ大統領の離脱発表を前にこれまで通りパリ協定にコミットすることを確認しており、今後はアメリカ以外の国によるリーダーシップの発揮が期待されます。
アメリカ国内ではすでに州や市などの自治体や、グーグルやマイクロソフト、アップルなどの大企業が低炭素社会の実現に向けて取り組みに力を入れているため、今後は連邦政府を除く様々なレベルの地方政府と企業、コミュニティが結束して気候変動対策を実施することになるでしょう。
また、太陽光発電と風力発電の導入ペースや再生可能エネルギー関連の雇用の増加も著しく、シェールオイルも息を吹き返してきているため、トランプ大統領が約束した石炭業界の復活は、現状ではあり得ません。
パリ協定は、脱化石燃料を意味しています。協定に化石燃料という言葉は使われていないものの、協定が定めた2℃未満の目標を達成するためには、今世紀前半のできる限り早い段階で化石燃料の使用をやめなければならないのは明らかです。そして、再生可能エネルギーの急速な普及が進むなど、低炭素・炭素ニュートラル社会実現に向かう世界の大きな流れは、世界で2番目の温室効果ガス大量排出国であるアメリカのパリ協定離脱でも変えることはできません。京都議定書から脱退したブッシュ政権時から、世界の潮流は大きく変わっているのです。
化石燃料から脱却することでクリーンエネルギーや低炭素技術の開発と普及が経済を潤し、雇用を促進し、気候変動による被害や気候変動に適応するために必要なコストを下げることを、世界は理解しています。その流れに逆らえないことは、石油産業ですら理解しています。だからこそ、石油産業大手はトランプ政権に対してパリ協定にとどまるように要請していたのです。
これらの要素を完全に無視し、アメリカにとっても世界にとってもメリットがなにもないにもかかわらず、パリ協定からの離脱を決めたトランプ政権は、国内外からの厳しい批判と強い反発を逃れることはできないでしょう。
今後、アメリカを除く世界各国(正確にはアメリカ、シリア、ニカラグアの3か国がパリ協定に不参加)は、「自主的に決定する約束草案」で定めた目標をすべての国が達成しても2100年までの気温上昇を2℃未満に抑えるにはほど遠い現実と向かい合い、より野心的な目標を設定するための政策作りと実施が急務です。そして、アメリカに愚かな決断を考え直すように働きかけ続ける必要があります。
アメリカのパリ協定離脱に意気消沈するのではなく、国際社会がより連帯を深めて、低炭素社会の実現に向けてさらに野心的な政策の実行と、革新的なテクノロジーの発展をリードする機会に変えていかなければなりません。
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