気候変動を含む環境問題ではよく「未来の世代」という言葉を見聞きします。私もよく使う言葉です。でも、いったい何年先の世代を「未来の世代」と呼ぶのかは、人や関心を持っている問題によって違ってくるのではないでしょうか。
何年先までが未来の世代?
原発なんかだと、高放射性核廃棄物は10万年先まで管理する必要があるので、まともな倫理観を持っている人は「未来」をそのあたりに設定するでしょう。
気候変動の場合はどうかと考えると、環境正義・環境倫理的には、異世代間(いま地球上で生きている世代とまだ生まれていない世代間)にある不公正の問題がそれにあたりますが、「未来の世代」としてよく話題になるのは、選挙権がない若者や、子どもや孫の世代あたりまででしょうか。
これってたぶん、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告書が2100年時点の気温や海面の上昇に焦点を当てているからなんだろうなと感じています。
「産業革命前からの気温上昇が1.5℃や2℃を超えると壊滅的な影響が出る」と言われるので、近年の気象災害がもっと激化して頻繁に起こるんだっていう想像はできるかもですが、2100年よりも先の未来の世代にどんな世界が待っているかなんて、なかなか想像できないと思うんですよね。だって、ほとんど報道されないでしょ?情報がなければ想像のしようもありません。
このままだと海面上昇は2000年後に10メートル&1万年後に20メートル以上
2016年の過去記事で、1万年先の気温上昇とそれに伴う海面上昇に関する研究結果をとりあげましたが、IPCCの第一次作業部会による第6次報告書に、その研究も含めて2100年を超えた未来の海面上昇の予想があったので、まとめてみます。
a) 1900年から2150年における各シナリオ別の海面上昇(単位はメートル)。b)産業革命前からのピーク気温上昇ごとで保証されている海面上昇(単位はメートル)。c)シナリオごとに、それぞれの海面上昇レベルにいつ達するか
Image: IPCC第6次報告書 Figure TS4
Image: IPCC第6次報告書 Figure TS4
ここで注目してほしいのは、赤で囲んだbの「産業革命前からのピーク気温上昇ごとで保証されている海面上昇」のグラフです。
このグラフは、産業革命前からの気温上昇のピークが何度に達したかによって、「100年後まで」「2000年後まで」「1万年後まで」に保証されてしまう海面上昇を1.5℃から5℃の範囲で表しています。
気をつけてほしいのは、ここでの気温は最も上昇した時点での気温であって「2100年までに何度上昇するか」ではありません。極端な例え方をすると、たとえ2100年時点での産業革命前からの気温上昇が1.5℃未満になっていたとしても、ピーク時に3℃気温が上昇していた場合は、3℃分の海面上昇が保証されてしまうことになります。
グラフだとハッキリとはわかりづらいので、表で確認してみましょう。
Image: IPCC第6次報告書フルレポートのTable9.10より
表の薄いブルーの部分は、1.5℃から5℃までのピーク上昇気温ごとに、2050年と2100までにどれくらい海面が上昇するかを表しています。ピーク時の気温上昇が1.5℃だと、2050年までに19センチ、2100までに44センチ海面が上昇すると予想されています。各国政府が目標を達成しても気温は2.7℃上昇すると言われているので、3℃が最も近いですね。3℃の場合、2050年までに21センチ、2100年までに62センチ海面が上昇しそうです。
その下の薄い緑の部分は、2000年後までと1万年後までの海面上昇幅になっています。二酸化炭素排出量がネットゼロになると、数十年後には気温上昇が止まって下がり始めると言われています。でも、気温が下がり始めてからも、グリーンランドや南極の氷床、陸地の氷河や山河がとけつづけることによって、海面上昇は1万年後くらいまで続くそうです。
ピーク時の気温上昇を1.5℃に抑えた場合でも(ほぼ不可能)、2000年後には2~3メートル、1万年後には6~7メートルの海面上昇が保証されています。2℃の場合(たぶん無理)、2000年後に2~6メートル、1万年後に8~13メートル、最も近いと思われる3℃(IPCC報告書に携わった気候科学者の60%が3℃以上気温は上昇すると考えています)だと、2000年後に4~10メートル、1万年後に10~24メートルも海面は上昇しそうです。
世界の人口の10%以上が、海抜10メートル未満の沿岸都市に住んでいるそうです。約7億人が、10メートルの海面上昇で住む場所を追われることになります。ピーク時の気温上昇が3℃に達すれば、数千年後に数億人が移住しなければならなくなります。
インド洋と太平洋には、モルディブやツバルなど、海抜が数メートルしかない島しょ国があります。ピーク時の気温上昇を1.5℃に抑えても、1万年後の世界地図から消える国が出てくると思われます。3℃だと、1万年後には世界各国の中心都市の大部分が水没することになるでしょう。
20メートルの海面上昇がもたらす東京と大阪の水没
参考までに、海面が20メートル上昇すると東京と大阪がどれくらい水没するか、地図を載せておきます。
東京
大阪
また、海面上昇に追い打ちをかけるのが大潮や高潮です。特に、台風やハリケーンが接近・上陸した場合の高潮は、海面上昇にプラスされてしまいます。たとえ数センチの上昇であったとしても、今は玄関先までしか来ない洪水が、数十年後には床上浸水になって、被害はゼロから住む場所がなくなるレベルに拡大する可能性があります。たった1回の気象災害によって破綻する人生を減らすために、海面上昇を抑えなければいけません。
数百年後、数千年後、1万年後までに、いまなにも決めることができない未来の世代(数億人レベル)が、どこかの時点で気候難民または気候移民として国内外での移住を強いられることになります。政策決定のプロセスに参加できない不公正は、環境正義最大の問題と言えると思います。
なのに、現在開催されているCOP26でこういう問題が話し合われることも、メディアが話題にすることもありません。嘆かわしいことです。
大学院時代の指導教授たちが「こうなるとわかっていたのにどうしてお父さん(おじいちゃん)はなにもしてくれなかったの?とだけは言われたくない」と言っていましたが、未来の海面上昇のことを考えると、それでは不十分ですよね。わたしたちには、1万年先の未来の世代に「できることはすべてやった」と言えるだけのことをやり遂げる責任があります。
未来の世代への無責任を少しでも小さくするためには、気温上昇を0.1℃でも低く、海面上昇を1ミリでも小さく抑えなければなりません。そのためには、1分1秒でも早いすべての化石燃料からの脱却(日本固有の「脱石炭」ではなく、世界標準の「脱化石燃料」)が必要です。それを実現するには、ひとりでも多くの人が政治に参加してシステムを変える必要があります。
みなさんの未来は、何年先・何世代先までですか?
2000年後や1万年後の未来の世代のことには興味がありませんか?
未来を決めるのはわたしたちです。と同時に、未来の世代が生きる世界を決めるのも、わたしたちです。
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