2016年に行われる米大統領選に共和党から指名候補として名乗りを上げているテッド・クルーズ上院議員(テキサス州)が、米議会の委員会等でよく「最も信頼できる衛星によるデータ観測では、18年間気温が上昇していないから温暖化は嘘」という主張を展開しています。
この主張は正しいのでしょうか?
クルーズ氏の主張は、1990年に発表されたロイ・スペンサー氏とジョン・クリスティ氏の衛星による気温観測に関する研究結果が「衛星の方が、観測地点が離れている地表よりも正確に気温を観測することができる」としていることを根拠にしています。
事実関係としては、衛星の観測データによると、観測史上(衛星による観測が開始されたのが1979年)最も暖かかったのは、エルニーニョ現象が猛威を振るった1998年で、地上の観測データで最も暖かかった2015年は、衛星によるデータでは観測史上3番目の暖かさでした。
なぜこのような結果になってしまったのでしょうか?それを知るためには、衛星がどのようにして気温を観測しているのか、そしてそこにどのような問題があるのかを確認する必要があります。
まず、衛星は気温を直接観測しているわけではありません。衛星は、酸素分子から放出される放射線の放射輝度を観測しています。そして、そのデータを様々なセオリーに基づいて、コンピュータモデルで気温に変換しています。厄介なことに、放射線を発するのは大気だけではありません。地表も雲も放射エネルギーを発しています。それらをすべてコンピュータモデルを用いてシミュレーションしたうえで、できる限り正確な気温を算出しようと試みています。
また、ひとつの衛星のデータに依存しているわけではありません。10個以上の衛星のデータを集積・計算して気温を割り出しています。これらの衛星のキャリブレーションやパラメータに狂いが生じると、出力される気温も狂うことになります。
衛星による気温データの観測には、主に以下のような問題が挙げられています。
・軌道減衰: 地球の軌道上を周回する衛星は、常に同じ高さを移動しているわけではなく、時間の経過に伴ってその高度は下がってきます。その過程はすべての衛星で同じわけではありません。高度を調整できる能力を持つ衛星もありますが、ほとんどの衛星がその機能を持っておらず、キャリブレーションやデータの補正を困難にさせています。
・計器本体の温度の影響: 衛星に積載されている計測器も外部からの影響を受けます。太陽エネルギーを受けた計測器本体の温度の変化が、大気からの放射線を読む能力に影響を与えるといわれています。
・昼行性漂流(Diurnal Drift): 正午ちょうどに通過しなければならない地点にずれが生じる(毎日必ず同じ時間に同じ地点を通過しなければ正確なデータは計測できないのに、実際はずれている)ことで、観測データに狂いが生じます。
米ローレンス・リバモア国立研究所のベンジャミン・サンター氏は、衛星による気温データについて「衛星は大気の温度計ではなく、直接気温を計るわけではありません。衛星は酸素分子からの放射線を計測しているのです」と話しています。米航空宇宙局(NASA)ゴッダード宇宙研究所の所長であるギャビン・シュミット氏も「1ダースを超えるキャリブレーションと軌道のずれの問題を抱える衛星のデータを解決する必要があります。もしもひとつの衛星やひとつのキャリブレーションに問題が生じた場合、すべての気温データに影響します。系統的な問題は簡単にすべての記録に影響を与えてしまうのです。」と付け加えています。
さらに、テキサスA&M大学の気候科学者であるアンドリュー・デスラー氏は、衛星による気温データについて、過去に昼よりも夜の気温の方が高いデータを示したことがあるなど信頼性が低く、衛星のデータを巡る議論では、肯定する側に多分に確証バイアスが働いており、彼らが衛星のデータに批判的じゃないのは、そのデータが彼らの見たい結果を示しているからだと指摘しています。
このように、衛星による気温の観測データは、以前と比較して解消されてきているもののまだ問題が多いためその信頼性はまだ低く、今後キャリブレーションやエラーが減り、モデルの精度が上がることで信頼性も上がっていくだろうというのがほとんどの気候科学者間の共通認識(気候変動懐疑派であるスペンサー氏やクリスティ氏、ジュディス・カリー氏など、石油産業と繋がりが強い気候科学者は衛星の気温データを最も信頼できると主張していますが)です。
しかし、クルーズ議員が示す「1998年」ではなく1979年を始点とした場合、10年あたり0.123℃気温が上昇しており(米海洋大気局のデータでは+0.15℃の上昇)、長期的には温暖化傾向にあることがわかります。
また、1998年は今年(2016年)と同じく、エルニーニョの2年目にあたります。1998年と同じパターンを辿ると仮定した場合、エルニーニョ時の対流圏の気温は時間差を経てから跳ね上がることと、地表よりも反応が50%大きいことから、今年(2016年)の衛星による気温が1998年を上回るのではないかと米海洋大気局のトーマス・カール氏は述べています。それについてはクリスティ氏も同意し、「2016年が衛星による気温データで観測史上最高を記録しても驚かない」とコメントしています。
Credit: Roy Spencer
実際、上のグラフのように2016年1月の衛星(UAH)による対流圏下部の世界平均気温の偏差(13ヶ月平均。偏差の基準は1981年から2010年)は+0.54℃と、2015年11月から3ヶ月連続で上昇を続けています。このまま上昇を続けるのか、それとも1月がピークになるのか、今後の動向が気になるところです。
衛星による気温データが間違っていると言っているわけではありません。衛星と従来通りの地表での観測では、観測しているものも、観測方法も、観測している場所も、キャリブレーションやデータ補正の方法も、まったく違う別のものだという話なのです。衛星による気温観測には、キャリブレーションや様々なエラーによる精度の問題もありますが、気候変動による温暖化の有無の根拠として、敢えて特定のデータの特定の期間を「チェリーピッキング」することに問題があります。自分の主張に合うデータを探して選び出し、他の要素を無視して一方的な主張を展開するのは科学的な態度とは言えません。
衛星の観測データは、気候変動による温暖化が起こっているか否かを判断するための多くの材料のひとつですが、衛星の観測データだけで温暖化しているかどうかの答えを出すのは間違っています。また、衛星による対流圏の特定の地点における「気候」の定義を満たさない18年間という短い期間のデータだけを拾い上げて、温暖化しているかどうかを問うことはできません。
以前にも「地球温暖化のサイン」で書きましたが、ここでももう一度掲載しておきます。
Credit: 気象庁
上の図は、温暖化すると地球規模で起こる現象をまとめたものです。
- 地表と海上の気温が上昇
- 対流圏の気温が上昇
- 海面の水温が上昇
- 海面の水位が上昇
- 海洋の著熱量が増加
- 水蒸気量が増加
- 氷河の体積が減少
- 積雪面積が減少
- 海氷面積が減少
これらの現象が多くの場所で同時に起こると、それは温暖化が進行しているサインです。ただし、これらの現象が起こらない場所もありますし、逆の現象が起こる場合もありますが、これらの要素の地球全体の長期的(30年以上が好ましい)な傾向によって、温暖化が起こっているのか、どれくらい進行しているのかを判断します。下の図は、これらの現象の推移を表したものです。
Credit: 気象庁
上の図の右上のグラフが、衛星による対流圏の気温を示しています。1998年の気温が極端に高いのは、エルニーニョの影響によるものです。そこを始点にすると、それ以降は気温が上昇していませんが、1979年(赤い線)以降を見ると、気温は上昇しています。このように、特定のデータによる特定の地点における特定の期間ではなく、地球上の様々な場所で起こっている現象とそのデータから、総合的に地球の現在の状況を判断しなければなりません。
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