産業革命前からの気温上昇を2℃以内に抑えることができれば、温暖化による壊滅的な影響を避けることができると言われてきましたが、これは「たぶん大丈夫なんじゃないかな」という程度の政治的な数字で、確かな根拠はありません。もしかすると気温が3℃上昇してもなにも変わらないかもしませんし、逆に1.5℃の上昇でも壊滅的な影響を受けるかもしれません。
また、気温上昇を2℃未満に抑えても、数千年かけて海面が5メートルから9メートル上昇するという研究結果や、1万年後には海面が25メートル上昇するという研究結果もありますが、気温上昇を低く抑えれば抑えるほど、その影響は小さくてすむということはハッキリしています。
今回、「気候変動の父」と呼ばれている、元NASAの気候科学者であるジェームズ・ハンセン氏をはじめとする19人の科学者が、このような変化がこれまで考えられてきた千年単位ではなく、最悪の場合は今後50年で起こり得るという研究結果の最終稿を「Atmospheric Chemistry and Physics」に発表しました。
この研究は、昨年(2015年)7月に異例の「ディスカッションペーパー」として発表され、研究者やジャーナリストなどからのインプットを経て、3月22日に最終バージョンが掲載されました。発表の過程だけでなく、その内容もこれまで行われてきた同様の研究と比較すると異例、異質で、今後大きな議論を呼ぶことになると思います(すでに結構な反響です)。
研究は、このまま化石燃料による温室効果ガスの大量排出を続けた場合、たとえ気温上昇を2℃未満に抑えても以下の5つの現象が短期間で起こる可能性があると指摘しています。
1. 南極海、特に西半球側(西南極)の水温の低下。
2. 南極海の熱塩循環の速度が落ちることによって、氷棚と氷床が融解。
3. 北大西洋の海水面の温度が下がることによって大西洋の熱塩循環の速度が低下、最悪の場合は停止。
4. 勢力の大きな熱帯性低気圧の増加。
5. 50年から150年かけて海面が数メートル上昇。
南極とグリーンランド沖(北大西洋)における海水温の低下は、それぞれの氷床と氷棚の急速な融解によって、海洋の表層部分に真水が流れ込むために起こり、それが熱塩循環の速度を緩めることに繋がります(熱塩循環の速度が落ちるメカニズムについては、「北大西洋の熱塩循環がスローダウン? 」で説明しています)。また、海洋の表面に真水が広がることによって、その下に本来ならば表層で冷却されて沈み込むはずの温度の高い海水が閉じ込められ、さらに氷床と氷棚を融解させます。
下のふたつの図は、今回の研究とは無関係ですが、どのように南極大陸(西南極)の氷棚と氷床が海水によってとけるのかをわかりやすく図解しています。
Credit: Alfred Wagner Institute
大陸の氷床は、重力によって海上に張り出してきて氷棚となり、その一部は海水と接しています。そのため、海水の温度が高くなれば氷の融解は加速します。そして、上の図のように温度の高い海水が氷棚の下に流れ込むことで、氷棚の融解がさらに加速することになります。今回の研究では、真水によって閉じ込められた温かい海水が、氷棚をとかす役割を果たすと指摘しています。
このようなグリーンランド沖と西南極沖の気温が低くなる現象の一端は、規模は小さく期間は短いものの、すでに起こっています。
Credit: NOAA
上の2016年2月の平均気温を表した地図の、グリーンランド沖と西南極沖の緑の丸で囲んだ部分は、世界の平均気温が観測史上最高を記録した中で、平年よりもかなり低くなっています。今後も続くかどうかはわかりませんが、上で述べたようなことはすでに起こっていると考えられます。ハンセン氏は、最近のこれらの現象について、予想していたよりも10年から20年早くこの現象が起こっているが、まだ始まりに過ぎないと述べています。
そして、これらのプロセスが加速することによって海面上昇も従来考えられていたよりも速く進み、最悪のシナリオでは今後50年以内に数メートル海面が上昇する可能性があるそうです。
また、表層の冷たい真水によって南極と北大西洋の海洋表面の気温は低下しますが、赤道付近の気温は上昇を続けるため、赤道と極地域の温度差が大きくなり、極端に勢力の強い熱帯性低気圧が発生しやすくなります。
この研究結果に対しては賛否両論の声が聞かれます。気候科学のメインストリームからあまりにもかけ離れていると批判的な科学者もいれば、気候科学に新たな視点をもたらすものだと高く評価する科学者もいます。
いつもはIPCCの報告書の内容に対して「保守的すぎる」と批判的な気候科学者たちが、「桁外れすぎる」と批判しているのも異例と言えるかもしれません。
今回の研究を率いたハンセン氏は、NASA在籍時から科学者であると同時に、気候変動問題の活動家としても知られています。現在は、ハンセン氏の孫も原告に名を連ねて連邦政府を気候変動対策が不十分として訴えています。ハンセン氏のこのような経歴が、今回の研究にバイアスが含まれているのではないかという批判を招く原因になってもいます。
研究結果に対しては、同じ気候科学の分野で活躍する科学者から批判的な声も聞かれますが、この研究が伝えている「このままとてつもない速さで化石燃料を燃やして大量の温室効果ガスを大気に放出し続ければ、人類は急激な気候の変化を引き起こすことになる」というメッセージに異を唱える者はいないはずですし、現在の温室効果ガス排出量を削減するための取り組みが十分ではないという認識は、ほぼすべての気候科学者の共通した見解だと思います。
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【参照】
Hansen, J. et al. Ice melt, sea level rise and superstorms: evidence from paleoclimate data, climate modeling, and modern observations that 2 °C global warming could be dangerous. Atmospheric Chemistry and Physics 16, 3761–3812 (2016).
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