人為的温暖化はこれまで考えられていたよりも早く始まっていたという研究結果


  産業革命以降に排出された二酸化炭素を含む温室効果ガスによって人為的地球温暖化が始まったのは広く知られていますが、「2100年までの気温上昇を産業革命前と比較して2℃未満に抑える」という、気候変動でよく見聞きする目標における「産業革命前」のベースラインをIPCCは1850年から1900年としていることはあまり知られていないと思います。

  でも、実際のところは米航空宇宙局(NASA)と米海洋大気局(NOAA)が温度計による観測を開始した1880年以降の気温データが「産業革命後」として扱われています(英気象庁が1850年に観測を開始したイギリスでは違うかもしれません)。つまり「産業革命後の気温上昇は・・・」という言葉は、19世紀後半以降を指し、それ以前を産業革命前として扱っているケースがほとんどです。

  しかし、実際に産業革命が始まったのは18世紀半ばなので、気候変動問題における産業革命前と、実際の産業革命前には約100年の開きがあります。ややこしいですが、気候変動問題の産業革命前は、現実には産業革命真っ只中ということです。

  19世紀末以前の気温はどうやって知ることができるのかというと、珊瑚や海洋堆積物、氷床コア、木の年輪などに含まれている化学物質を分析して算出します。これらのプロキシー(代替/代理の意)と呼ばれる記録にはそれぞれ不確かな要素があり、温度計による記録と比較すると信頼度が低く、違う方法によって算出される気温にはズレが生じるため、産業革命前後の世界平均気温を比較する際には、温度計による観測が始まった後のデータが使用されています。

  さて、前置きが長くなりましたが、今回25人の研究チームが西暦1500年以降のプロキシ記録を分析したところ、従来よりも半世紀ほど早い1830年代には、北半球の陸地と熱帯海洋で温暖化が始まっていた(Abram et al. 2016)という研究結果が科学誌「ネイチャー」に掲載されました。

  研究チームは、木の年輪、珊瑚、海底に積もった極小の海洋生物の化石、そして氷床コアに含まれる化学物質を分析し、1500年以降の主な地域における気温の変化を復元しました。

Abram et al 2016 - Temp reconstructions since 1500.jpg
1500年以降の異なる地域と海洋における気温。色線が気温、黒の細線は15年移動平均、黒の太線は50年移動平均。黒の縦線は各地域における産業革命「後」の温暖化の始点。Source: Abram et al., (2016)

  上のグラフは、北アメリカやヨーロッパ、アジアなどの各陸地と西太平洋や西大西洋、インド洋などの海洋における平均気温の変化を表しています。黒い縦線は、産業革命後の温暖化の始点です。熱帯の海洋では1830年頃には温暖化が始まり、陸地が少し後に続いています。南半球は約50年遅れて温暖化が始まっていることがわかります(海洋と大気循環の違いによるものと研究の執筆者は述べています)。また、南極については、このグラフの範囲内で目立った変化を確認することはできません。

  研究チームによる上のグラフを動画にしたバージョンの方がイメージをつかみやすいかもしれません。


  研究チームは、これまでの科学的知見よりも早く温暖化が始まったことをシミュレーションが示した原因について、二酸化炭素などの温室効果ガスに対する気候システムの感度が予想以上に高いためだと指摘しています。つまり、産業革命時に大気中に排出された温室効果ガスに対し、現在知られているよりも早い段階で気候システムが反応し、海洋と大気の温度が上昇し始めたのではないかと推測しているわけです。

  この研究チームの推測について、有名なホッケースティックのグラフを作成(Mann et al. 1999)した米ペンシルベニア州立大学の気候科学者であるマイケル・マン氏は、この研究が示している温暖化の開始時期は1815年にインドネシアで起こった大規模な火山噴火による一時的な気温低下からのリバウンドとしての気温上昇を低く見積もっており、実際に温暖化が始まったのはもう少し後と批判的で、気候感度が既知の科学よりも高いとする研究チームの主張についても、基礎的な解釈の間違いだと指摘しています(マン氏の指摘を今回の研究の共同執筆者のひとりは否定しています)。

  しかし、マン氏がハフィントンポストに寄稿した記事によると、世界平均気温は実際に産業革命が始まった18世紀半ばから1870年までに約0.2℃、1900年までに約0.3℃上昇(Schurer et al. 2013)しており、温暖化が1880年よりも前に始まっていたとする今回の研究結果には同意し、気候変動対策を決定・実施する際に用いられる「2℃未満」「1.5℃未満」の元になる基準を現在の19世紀後半や1880年以降ではなく、実際に気温が上昇し始めた19世紀半ばの気温にしなければ気温上昇の影響を低く見積もることになると警鐘を鳴らしています。

  世界はすでに1.5℃のラインにかなり近づいており、思っているよりも早い時期にそのラインを超えることになります。現在の状況とあまり変わらない印象があるかもしれませんが、少しでも早く気候変動対策を実施すれば、海抜が低い島しょ国や、先進国の海抜が低い沿岸部に住んでいる人たちが受ける影響を小さくすることができるので、この0.2℃から0.3℃の違いは大きいのです。

  IPCCが「1.5℃未満の達成可能性」に関する特別レポートを作成するようですが、産業革命前と後の線引きをどこにするのかも議題として取り上げてほしいところです(今でも極めて低い1.5℃未満の達成可能性がさらに低くなるので1880年より前に設定するとは思えませんが)。

【あわせて読んでほしい記事】

【参照文献】
Abram, N. and Coauthors, 2016: Early onset of industrial-era warming across the oceans and continents. Nature, 536, 411–418, doi:10.1038/nature19082.Mann, M., R. Bradley, and M. Hughes (1999), Northern hemisphere temperatures during the past millennium: Inferences, uncertainties, and limitations, Geophysical Research Letters, 26(6), 759–762, doi:10.1029/1999GL900070.
Schurer, A., G. Hegerl, M. Mann, S. Tett, and S. Phipps, 2013: Separating Forced from Chaotic Climate Variability over the Past Millennium. J Climate, 130325112547002, doi:10.1175/JCLI-D-12-00826.1.

【参考記事】

にほんブログ村 環境ブログ 地球環境へ

この記事へのコメント


この記事へのトラックバック