気候変動対策に「手遅れ」はない

安西先生が言っていました。「あきらめたらそこで試合終了ですよ」ってね。

あと6年で1.5度に抑えるための排出量超え
2023年10月30日に、このまま今の温室効果ガス排出量を続けたら、6年後にはパリ協定の1.5度目標が達成不可能になるおそれがあるという研究結果が発表されました。

で、共同通信が配信した記事のタイトルが『気温抑制、6年で手遅れに 今の排出量なら、英大学が分析』で、ため息が出ました。

このタイトルはありません。ダメです。NGです。やり直しです。6年後までにパリ協定の努力目標である、気温上昇を産業革命前比で1.5度以内に抑えるための総排出量を超えたらそこで「気温抑制が手遅れになるわけではありません

オーバーシュートが前提の1.5度目標
1.5度目標は、2100年までの気温上昇の話で、2100年までに傾向として1.5度を上回らないと考える気候科学者はいないと思います。私の知る限り、ひとりもいません。

そもそも、1.5度目標というのは、2100年までのどこかの時点で(このままだと2030年代半ば頃)一時的に1.5度を超えたあとで(オーバーシュート)、ネットゼロ(CO2回収&貯留が前提)からネットネガティブになることよって、2100年までに気温が1.5度上昇レベルまで下がるというシナリオなので、「手遅れ」かどうかは、2100年までわかりません。まあ実際のところ、早い段階で無理っぽいかどうかはわかると思いますけど。2度目標も同じです。なので、「手遅れという表現を使うこと自体おかしいんです。

世界各国が現時点におけるパリ協定の自主的な目標を達成しても、気温は2.7度上昇します。つまり、いまのところ1.5度なんて目標というよりも夢のまた夢、「1.5度妄想」の方が現実と一致すると思います。

0.1度の違いで未来が変わる
だからといって、なにもせずにあきらめたり、どうせ無理ならと手綱をゆるめたりするわけにはいきません。ピーク時に何度まで上昇するかによって、グリーンランドと西南極の氷床の解け具合と、それに伴う海面上昇など、未来の世代が生きる世界が決まります。気温上昇を0.1度でも低く抑えるのはもちろんのこと、1日でも早く気温上昇のピークを迎えなければいけないんです。

破壊の限りを尽くしてきた生態系トップの種として、私たちには、現在と近未来を決める過程に参加できない未来の世代に、そしてさらには自然環境と生態系、地球をシェアするすべての種のために、少しでもひどくなっていない地球を残す道義的な責任があります。もっとシンプルに言えば「散らかしたら片付ける」のはあたりまえでしょって話です。

現時点で、世界平均気温は産業革命前比で1.1度から1.2度上昇しています。今年は、バックグラウンドで進んでいるその温暖化と、エルニーニョ現象の影響で、恐ろしくなるレベルの気象災害が相次いでいます。0.1度の違いで、命や生活が破壊されるかどうかが決まります。あとほんの少し海面が上昇していなければ、床上浸水しなかった。あとほんの少し台風の風が弱ければ、家が半壊しなかった。あとほんの少し雨が弱ければ、洪水被害はなかった。0.1度が、未来を決めます。

未来を決めるのは、私たち
でも、私たちには、その「0.1度上がるかどうか」を決める力があります。未来を決めるのは、私たちです。80億人と地球をシェアしている私たちは、傷つく人をひとりでも少なくするために、みんなで力をあわせて、気温上昇を0.1度でも低く抑えなければいけません。

気候変動を研究している者や伝える立場にいる者は、人々に「手遅れ」と感じさせる表現を避けるべきです。人類と生態系最大の危機を乗り切るには、ひとりでも多い仲間が必要です。あきらめさせてはいけません。行動が希望を生むのは確かですが、最初の一歩を踏み出させるのもまた希望です。事実や現象以外の部分で足をすくませてしまっては、気候変動を伝える意味がありません。

1.5度を超えたら1.6度に達しないために、2度を超えたら2.1度を防ぐために、いつも、どんなときも、どんな状況であっても、次の0.1度の上昇を食い止めるために、地球に暮らす人々は力をあわせて最大限の努力をする必要があります。

気候変動対策は数十年遅れています。でも、気候変動対策は絶対に「手遅れ」にはなりません。どんなに遅れても、遅すぎることはありません。気候変動を伝える立場にある者が、あきらめるという選択肢をつくってはいけません。

あきらめたらそこで試合終了です。


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