とんでもない暑さだった2011年夏のダラスからひもとく熱波の環境正義問題

テキサス州ダラスは、今週末(2021年9月11日)に最後の暑さのピークを迎えそう。とはいえ、2011年の夏がとんでもなく暑かったせいで、それ以降はあんまり夏を暑く感じないようになったんですよね。

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Image: テキサス州ダラスにおける2011年8月の天気

2011年8月は、最高気温40℃超えが21日(8月の最高気温の平均が38.7℃)。最低気温30℃超えが13日で、熱帯夜じゃなかったのはたったの2日だけ(最低気温の平均は29℃)。今年は最高気温40℃超えも最低気温30℃超えもゼロ。

あの夏(6月から8月)の日平均最高気温は平年よりも3.9℃高くて、翌2012年には干ばつもあって蚊が大量発生して西ナイル熱が大流行。もういったいここはどこの熱帯だよってことに。殺虫剤を空中散布するからと外出禁止令が出たことも。

2011年にテキサス州で暑さによって亡くなった方が160人いたそうです。熱波で多くの方が亡くなるのは、今年アメリカ北西部とカナダ西部を襲ったとんでもない熱波を思い出せばわかると思います。

熱波の影響を環境正義/気候正義の観点で考えてみましょう。

テキサスやカリフォルニアは、農業が盛んな州です(両州ともデカいからというのもありますが)。農業従事者は、当たり前ですが熱波が来ようと雨が降ろうと屋外で作業をします。そんな仕事なので、アメリカ国籍やグリーンカードを持った人たちは避けるんですね。その影響で、数多くの不法移民が農業に従事しています。

テキサス州なんかは、農業と土木建築(家や道路建設作業)は、不法移民なしではビジネスが成り立たないと言われるくらい。不法就労者たちのほとんどが、最低賃金(テキサスだと時給800円くらい。ヘタするとそれ以下の時給で働かされるケースも)で、保険もない状態で働いています。彼らなしでは家も建たない、道路もつくれない&直せない、食べ物にも困る状態なのに、非人道的な待遇で、暑さに耐えて作業を続けています。

今以上に暑くなると、そういう不法就労者を含め、高齢者や子ども、基礎疾患のある方、貧困層や低所得層(ほぼ有色人種)、ホームレスなどの社会的弱者がますます気候変動の脅威にさらされてしまいます。

世界平均気温でみると、2011年はその時点で最も暑い年の上位10年に入っていましたが、今ではもう過去17番目に暑かった年になっています。そんな中で特定の地域の平均気温が3.9℃高かったということは、ああいう長期間の熱波がいつどこで起こってもおかしくないということでもあります。

あの夏のテキサスの熱波は今年米西部からカナダ西部にかけて起こった熱波の先取りだったと言えますし、今年の熱波は未来の世界でもっと頻繁に起こる出来事のほんの一部だとも言えるでしょう。

このままだと、今世紀末までに産業革命前比で気温はだいたい3℃くらい上昇します。平均気温が3℃上昇した世界の熱波なんて想像したくもありませんが、そんな熱波に見舞われた農場で強い陽射しに照りつけられながら水分もろくにとらず、母国で暮らす家族に仕送りするために安い給料で働き続け、熱射病で倒れて亡くなる不法就労者と、その知らせを受ける母国の家族の様子を想像してみてください。

これは今年の夏、オレゴン州の農場でセバスチャン・ペレスさんに実際に起こったことです。彼は、母国のグアテマラにパートナーを残して亡くなりました。

日本に置き換えると、実習生や研修生という名で奴隷のように扱われている外国人がたくさんいます。母国には、愛する人や家族や友人がいます。他人事ではありません。

そんな人たちがいなくなる未来を、私たちは選択できます。温室効果ガスの排出を止めれば、数十年で気温は下がり始めます。社会的弱者への偏った不公正をなくすために、環境正義/気候正義を中心に据えて気候変動問題に取り組めば、熱波などの極端な気象災害によって亡くなる人たちを減らしていけます。

そのためには、個人レベルの行動ではなく、社会のシステムを変えなければいけません。そうするには、政治的行動への参加が最も重要になります。気候変動を深刻に受け止め、化石燃料産業や汚染企業の責任を追及し、しっかりと具体的な対策をとる意欲がある人を、あらゆるレベルの議会の場に送り込んでいきましょう。それが私たちひとりひとりにできる最も重要なことです。

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